「って子、覚えてるか?」
と、逆に質問してきた。
97.お子様なのよ!
国体も終わり、閉会式終了後、神奈川選抜のメンバーはチャーターしたバスに乗り込んだ。
そしてバスは1時間ほど走り続けた後、サービスエリアで停車し休憩時間となった。
「牧さん!焼きもろこしの屋台ありますよ!」
「お、いいな。腹も減ったし食ってくか」
清田は「じゃあオレ買ってきます!5人分!」と叫んで一目散にバスから出て行った。
流川もバスで窮屈だった体を伸ばしたくて、人の流れに沿ってバスから降りる。
バスから降りた者達の進路は大きく分けて2つ、トイレに行くか、フードエリアに向かうかだった。
三井と宮城がトイレの方面に向かったのが見えた。
サービスエリアの時計を見たら、時刻は17時を回っていた。
神奈川まであともう1時間ほどかかるらしい。
(……なんか食うか。……たぶん、家でおふくろ飯作ってるだろうけど、いけるだろ)
流川は成長期の体の食欲を発散させるべく、海南の牧と翔陽の藤真が大食い対決を始めた屋台エリアを尻目にフードコートへ向かった。
(チャーハン、ラーメン、うどん、そば……)
フードコートのラインナップは男子高校生には誘惑でいっぱいである。
流川は残された休憩時間と混み具合と量を加味して、結局ざるそばを選んだ。
なんとなく、冷たいものが食べたかったからだ。
休日ということもありそれなりに混んでいるフードコートでどうにか席を見つけ着席し、そばを食べ始める。
すると、
「よお。ここ、いいか?」
「……仙道……」
またお前か、と言いたいのをこらえて、流川は目で「どっかいけ」と訴えた。
仙道は「ん?」とにっこり笑い、流川が許可を出していないにも関わらず目の前に座った。
仙道は天ぷらうどんを頼んだらしかった。
流川が仙道を警戒していると、仙道はとぼけたように「うどんアチィな。……そうでもねーか」とふぅふぅ息を吹きながらうどんをすすり始めた。
それでも流川はもうとっくに気づいている。
仙道の目的は自分ではない、だ、と。
(こいつに何の用だ)
仙道に負けじとざるそばをすすりながら睨みつける。
手軽にそばを食べている流川を見て、仙道は「オレもざるにすりゃ良かったかな」とまたもや嘯いた。
流川は仙道のように、それとなく相手の話を聞き出すことなど出来ない。
する気もない。
なのでやっぱりここは直接、
「仙道、テメーはに何の用がある」
つゆの器をドンとテーブルに置き、喧嘩腰で尋ねてみた。
だが、仙道はちょうど天ぷらを大口開けて食べたところらしく、「ちょっと待って」というポーズを作ったあとじっくりと味わいながらごっくん、とエビの天ぷらを咀嚼した。
そして、ふぅ、とお湯を飲んで一息ついたあと、
「って子、覚えてるか?」
と、逆に質問してきた。
流川はその名前に聞き覚えがあるような気がして、なんとかの特徴を思い出し、
「…………女」
と、答えた。
仙道は、「まあ、男じゃねーなぁ」とバカにするでもなくウンウンと頷く。
だが、そういう態度のほうがバカにされていると感じる流川は、ちょっとむっとした。
「ほら、あの……練習試合の時の、ウチの審判だよ。……桜木を抑えてフックシュート決めた子」
仙道に言われて、流川もようやく「ああ、急にシュート入れた女か」と合点がいった。
のことはよく覚えていなかったが、彼女のプレイは覚えていた。
仙道は流川のその返事に微笑を浮かべ、「まあ、ノーカンだったけどな」と冗談ぽく言った。
そして仙道は、「うまく言えねーけど」と前置きをしてから、こう言った。
「いつか、のバスケには、のバスケが必要になる……気がするんだよ」
それだけ言って、仙道は「やっぱ熱いな、うどん」と再びうどんと格闘し始めた。
「おい、どういう意味だ」
流川は意味がわからず仙道に詰め寄る。
仙道は再びうどんをツルンとすすりしばらくしてごくん、と飲み込んだ後、
「まあ、お前にはさんと仲良くしててもらいたいんだ。頼むよ」
と言った。
(意味がわからん)
仙道の予言めいた発言の真意もわからないし、そのためにどうして自分がと仲良くしろ、なんて言われるのかもわからなかった。
そして何より、
(あのどあほう女と仲良くする意味がわからん)
流川の頭と股間に痛みの衝撃が蘇る。
流川は怒りに任せてぱっぱとざるそばを食べきってしまった。
思ったより腹は膨れなかった。
仙道はもう満足したのか、流川がセルフサービスのお盆を片してバスに帰ろうとしても、呼び止めたりはしなかった。
ただ、
「ワリィ、うどんが熱くて遅れそうです、って監督に伝えといて」
と伝言は頼まれてしまったが。
それと、
「明日もよろしくな」
とも。
女とのケンカは、なぜこうも長引くのか。
玄関の扉を開けた矢先に、廊下にいたと目があってしまった。
は「あ!」と虫を潰したような声を出した後、ぴゅーと洗面所の方へ逃げ出して行ってしまった。
流川はなんとなく、『おかえり』すら言ってもらえなかったことに腹が立った。
(一晩経てば少しは変わるかと思ったが……どあほう)
荷物を適当に放り出し、が立てこもっている洗面所の扉を開けようとする。
女は本当にめんどくさい。
と言っても、流川が知っている女など、を除けば母と姉だけなのだが。
それでも、姉は機嫌を損ねると信じられないくらい横暴になる。
流川はその経験から、「女=めんどくさい」という持論を持つようになってしまった。
そして残念ながら、も大概「女=めんどくさい」を地で行くような女であった。
いつもなら簡単に開く洗面所の扉が開かない。
間違いなく、裏側でが扉を押しているのだろう。
流川はやれやれ、と溜息をついて、
――ガラッ。
「わあ!」
「引き戸だ、どあほう」
流川は扉を右に引き、支えを失ってバランスを崩したがどてーんと外へと飛び出してくるのを見ていた。
は悔しそうにこちらを睨んでいる。
だが、流川は無視して洗面所で手を洗う。
(テメーのことなんか知らん)
と、アピールするように。
そのアピールがきいたのか、はムカッとした顔を作り、「おねーさーん!流川がいぢめるー!」と洗面所のドアを閉めて出て行った。
女は本当にめんどくさい。
何かあったらすぐ男を悪者にするし、女同士で結託する。
ただでさえ日頃から理不尽な要求と我慢を飲んでいるのに、ケンカの悪者役まで押し付けられてしまったら溜まったもんではない。
第一、
(泣かれたら……なんも言えなくなるだろーが)
流川は、国体の会場で言い合いになった時、突然泣き始めたの顔を思い出す。
(泣くのは、ずりーだろ)
泣かれたら、女に泣かれてしまったら、こちらがワルモノになってしまう。
どうして、なんで泣いてんだと、慰めなくてはならなくなる。
ケンカどころではなくなってしまう。
男のケンカは楽だ。
納得するまで言い合ったり、足らなきゃ殴り合えばいいし、第一泣く奴はいない。
ケンカで泣いたら、自分が間違っていたと、負けたと認めたことになる。
だから、男で泣く奴はいない。
(なんで泣いたんだ、あいつ)
理由も言わず、は会場を飛び出していってしまった。
『案外誰かに聞いて欲しそうな顔してたぜ、さん』
昨日、仙道に言われた言葉が蘇る。
仙道には、わかったのだろうか。
仙道だったら、から本音を聞き出せるのだろうか。
2人は少し似てる、と思うところがある。
よくしゃべる割には、肝心なことを何も言わないあたりが。
(……クソ)
なんだか無性に腹が立って、急激に蛇口を閉めた。
「おい、…………?」
流川が洗面所の扉を勢い良く開けようとすると、妙なつっかかりを覚えた。
(なんだ……?)
裏でがとびらを抑えているのだろうか。
その割には、あまりパワーを感じない。
そこまで考えて、流川ははっと気が付いた。
(どあほう……!!あの女突っ張り棒してやがる……!!!)
恐らく、そのへんのほうきをつっかけて、肝心のはどっかに逃げたに違いない。
さっき自分にしてやられたのが、相当悔しかったのだろう。
(許さん……!)
結局流川は30分後、父親が自分を見つけてくれるまで、洗面所に立ち往生をしていた。
「エビフライもーらい」
ぱくっと効果音が付きそうなくらい当たり前のように、は流川楓の皿に盛られているエビフライを奪った。
流川も負けじと、の皿のミートローフを奪って食べる。
「あー!アタシの盗んないでよ!サイアク!」
「うるせー。先にやったのはテメーだろ」
流川の母は、「まあ、ふたりともそんなにお腹へってたのね」と何か誤解をしている。
2人のおかずの奪い合いは続き、流川は(こいつは本当にかわいくねー)と心のなかで悪態をついた。
とにかく、とにかく失せるのだ。
に優しくしてやろう、という気持ちが。
そうこうしてる間にハンバーグが奪われる。
だが、向こうの皿にはもう目ぼしいおかずは残っていない。
それをもちろん理解してるのだろう、は流川に見せつけるように「やだー。ハンバーグ超おいしー!」と食べていた。
(『仲良く』なんて、絶対にしてやらん)
奪われたおかずたちに誓う流川だった。